南総里見八犬伝の私訳

相模小僧が南総里見八犬伝をいまの言葉で書いてみます

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江戸文学の『南総里見八犬伝』を読んでみたい


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第四回 49

と、問われて皆は顔を合わせる。
「それもそうだな」
とばかりしばらく押し黙って答えることができないでいたが、その中で村長と思われる老いた三人が進み出て、
「年寄りの意見ですが、一つ愚案を申し上げます。およそ長狭一郡は、定包の股肱の老党である、萎毛酷六の預かり地であり、東条に在城してます。ここからそんなに遠くない場所にあります。まずことの手合わせに、酷六を撃ちなされば、武具兵糧はもちろん、一郡を一気に手中に収めることができます。その後滝田を攻めなされば進退は自由になります。」
と、手短に丁寧に告げると、義実感嘆大方ならず、しきりに左右を見て、
「各々今の意見を聞いたであろうか。野に住む者にも功者ありとは、この翁達を言うものである。奇を出し、敵を計るには、迅速に行うことに勝るものはない。今からすぐに押しかけて襲撃しよう。」
と謀を示しなさると、孝吉達は心得て、氏元・貞行も含めて集まった村民を数えたら百五十余人いた。
これを三隊に分けて、謀を伝えると、皆喜んで受け、手に物をもってない者は竹やぶの巨竹を伐って竹やりとして持ち、一隊四十余人、堀内貞行を将として金碗を捕らえた格好で先陣に進んだ。これは義実の計略によるところである。後陣は五十人、杉倉氏元を大将とした。中軍は六十人、義実自ら将として、二隊は間径から出て、城の正門の近くで一隊になろうと急いだ。

第四回 48

と、丁寧に説明すると、皆は手を打って喜び、
「ここまでもやつれなさっていたので、面影を知っている人でもまさか金碗殿とは思いもせず、失礼なことを言ってしまいました。無礼を許してください。私らは智もなく、才もなく、虫に等しい存在でありますが、国主の旧恩を忘れることはありません。皆定包を恨めしく思わない者はなし。憎しと思っても力及ばず、勢いもつけることできずに月日を今まで過ごしてしまい、嘆いてました。そして里見の君の事は、誰とはなく巷での風聞によって知っておりました。素性を問えば源氏の嫡流、また類まれなる良将であるとも。聞いた時から慕っており、活躍を渇望しておりました。夏の日よりも過酷に似非大将に搾り取られており、民草のためにここで軍を起こしていただければ、誠に国の幸いであります。誰が命を惜しんでいられようか。これが我らの思いであります。金碗どのお取り計らいをお願い申し上げます。」
と返すと、孝吉は後方を見返り、
「そこで聞きなさっておいでであり、今の願いは届いておる。」
と案内すると、義実は氏元・貞行を従えてやぶ影から静かに進み出て、衆人に向かい、
「私が里見義実です。乱れた世はますます進み、弓矢でもって身を護る流れで、修羅闘場に奔走し、傷の負った鳥のようになっても、この汚れた世の影では休むことも叶わない。そして民の父母となるべきその徳も絶えてなしといえども、人がもし私を必要としてくれるのなら、私もまたその議に加わろうと思う。例えば千里を走る駿馬も、その足なければ走ることできず、万里を渡る大鳥も、翼なければ飛ぶことすらできない。私は孤独となった落ち武者であるが、今衆人の佐を得た。遂に動くことができる。しかし滝田は剛敵である。馬や武具整わず、兵糧の蓄えなければ、軽々しく進行はできない。このことについては如何しようか。」

第四回 47

と、一度おし鎮め、
「定包によって国が乱れ、金碗家では難に及んで孝子は出なかった。国を良くしようと志を持って、こうやって浮世に隠れ笠をかぶり、このざまやつれ果ててしまったので、そうは見えないかもしれないが、私は旧の国主に仕えていた金碗八郎孝吉である。仕えていたころに君に改心していただくことができずに、ふがいにも身を退いて旅に出て年を経たけれども、旧恩を忘れることはできず、逆臣定包を撃つために、忍んで故郷に立ち返ってきて、名を変えて、姿をやつしながら、しばらく隙を狙っていたが、人が多ければ天をも脅かす、復讐は三里離れた城に居て、万人の従う者あり。予譲が剣を橋の下で研ぎ、又あるときは忠光が眼を魚鱗に覆うようにしてもその甲斐なし。しかも平館・館山に構える麻呂・安西は心汚く、逆に従ってもそれを恥としない。古主に旧交あっても、そいつらにこちらの企てを告げることはできない。形の崩れた世を憤って入る墓のないこの身を怨むだけとなってしまった。いっそのことこの身の息の音を止めて、死んだ後に霊となって、怨みをかえすために腹を切ろうと思っていた時に、里見冠者義実殿が、結城の寄せ手を切り抜けて白浜に漂白し、安西達を頼みなさり、彼らは嫌って少しも留めることをせず。なんだかんだと罪を着せて殺そうとしたが、事はまだ起こっていない。私は偶然にも白箸の川辺で一行に会い、不意に尋ねてひそかに試してみると、彼の君は年は本当に若いながらも、言語応対には仁があり義があり、実に文武に長けた良将でした。結城に籠もっていた武士はおおよそ撃たれたり生け捕られたりして、無事でいるのは稀であるのに、主従は不思議と虎口を逃れて、ここに漂白しなさったこと、私の唯一の希望です。かの逆賊定包に近年いたく虐げられ、耐えて嘆くあなた達の星になるに違いない。早く彼の君に従って定包を滅ぼさない者は、是すなわち賊民であるともいえる。一国全て災いを受けてしまうだろう。国の為に逆を討って、義に従うものは良民である。永く不幸から逃れて、子孫必ず無事に過ごせるであろう。今この事を告げるに至っては、事は必ず漏れ易く、一人ひとり説いて回ることはできないので、やむを得ず火を揚げて、この林へ集っていただいた。これは軽々しい覚悟でやったことではない。」

第四回 46

「これはどんな馬鹿者がやったことなのか、はたまた野火が飛んで移ったものなのか。こうとは知らずにこんな夜中に周りも自分も起こされて、近い人で十町、遠い人は三、四里飛ぶように走り来て、空腹のうえに立つ腹のやるせない気持ちをどうしてくれよう。」
「しかしながら結局は無事だったんだから喜ぶべきでしょう。」
と言われてどっと笑う人もいた。ずっと文句を言っていた人も皆、集合した処でしばらく休んでいた。そのときに金碗孝吉は、焼き残っていた藪影から、咳き込みながら立ち出てくると、皆いっせいに見て、人が鬼かと驚き、
「あれよ、あれよ」
と騒いでいるところに孝吉は手を挙げて、
「皆さん怪しむ必要はない。私は夜からここにて、あなた達を待つ者である。」
と語りだすと、怪しみながら見て、
「さては先ほどの騒ぎを起こして我々を混乱させようとした者だな。知れ者はあいつだ。討て、捕らえろ。」
と野次が飛ぶのを落ち着いた様子で進みより、
「今回の事の理由をまだ言ってないので、そう思うのは当然のことであるが、理由なくここに火を揚げてあなたらを集めたのではない。名を言います。」

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